MISSLIM / 荒井由実

前作に引き続いてユーミンの卓越したソングライティング能力とティン・パン・アレーによる温度低い演奏が楽しめるが、純粋に歌詞もメロディもアレンジも前作より洗練された結果、2枚目にしていきなり最高傑作が爆誕してしまった。それほど今作は曲のアベレージが高く、特に1-4曲目については心に深く突き刺さる大名曲の連発で、こんなに放出してしまっていいのかとすら思える。B面(6-10曲目)はさすがに大名曲連発のA面ほどではないが、A面になかったタイプの曲も含めてじっくりと聴かせてくれる曲がズラリ。一切の誇張なく収録曲全曲が名曲佳曲というクオリティで、アルバムトータルの統一感も相まって個人的にユーミン全アルバムの中で1つ選べと言われたらこれになるかと思う。

また、今作から山下達郎さんが在籍していたということで後に有名になったシュガー・ベイブがコーラス参加しており、達郎さんは自分が売れるまでユーミンのアルバムに度々参加し、素晴らしいコーラスアレンジを多数残している。

なお、次回作以降のユーミンのアルバムは正隆さんやシュガー・ベイブの影響が強くなっていき、歌詞内容もフィクションが大半になるため、ユーミン最初期の弾き語りテイストが全開という意味では最後のアルバムとなっている。オールドファンの中には「ユーミンはMISSLIMまで」という非常に辛辣な意見を述べる人もいるが気持ちは分かる。でもこの先の道はこの世界で生きていくために通らざるを得なかった道だと思うけど。

おすすめ曲

生まれた街で

イントロの変拍子ちっくなキーボードのリフにベースが重なるところから何が始まるのかワクワクとさせてくれる、アルバムの導入としてこの上ない名曲。ストリングスの旋律のように綺麗な歌メロにストリングスのように綺麗なシュガー・ベイブのコーラスが重なるのも印象的。

瞳を閉じて

長崎の奈留島という島の高校の生徒から「私達の高校には校歌がありません。校歌を作ってくれませんか。」という要望がラジオのお便りとして来たことをきっかけに作られた楽曲。校歌にはならなかったが島の愛唱歌として今でも歌い継がれており、シュガーベイブによるコーラスも相まって曲を聴くだけで奈留島に行ったことも見たこともないのに大海やその島の風景が鮮やかに浮かぶというとんでもない曲。この「経験したこともないのにさも経験しているかのように情景が浮かぶ絵画的な歌詞」というのはユーミンの歌詞の最大の魅力であり、その魅力が爆発した大名曲。全曲最高なのでこれという1曲は取り上げにくいけど強いて上げるならこれか「海を見ていた午後」だと思う。

アレンジ面も上述の通り分厚いコーラスや、リズム隊は淡々としていると思いきや最後の最後だけ3連符が入るところとか、もう本当に憎い。イントロの単音連打するキーボードも独特だが、これモールス信号を意識してたりするんだろうか? 正隆さんに聞いてみたい。

やさしさに包まれたなら

ジブリの映画で使われるわとんでもない数のカバー出るわTVでもバリバリ使われるわでもう説明不要の代表曲の1つ。あまりに有名すぎてあえて取り上げることもないが、「目にうつる全てのことはメッセージ」はユーミンの作詞の本質をたったの一文で表現してしまった名フレーズだと思う。

海を見ていた午後

これも代表曲の1つで、ベストにいつも入るわ聴いた人みんな大絶賛しているわで特に説明不要だと思うけどやはり名曲なので書かざるを得ない。

失恋した主人公が横浜にあるドルフィンというレストランで一人佇むという内容なのだが、サビの「ソーダ水の中を貨物船がとおる 小さなアワも恋のように消えていった」の表現が最早俳句の領域に突入しており、ユーミンの中でも1,2を争うほどの名フレーズだと思う。消えゆく恋を表しているかのようにメロディの揺れ動き具合や僅かなキーボードのふわふわとしたアレンジも歌詞と絶妙に調和しており、こんな全てが噛み合った曲はそうそうないと思う。

あなただけのもの

ここまでになかったような少々黒っぽさを感じるグルーヴィーなイントロがB面1曲目ということもありここから雰囲気が変わることを予感させる。ベースの気持ち良いフレーズや全編ワウの効いたギター、安心安定のシュガー・ベイブによるコーラス、あえて放り投げるように終わるメロディー等、一通りの引っかかりポイントは揃っており結構クセになる。

魔法の鏡

フェンダーローズによるオクターブを多用したイントロがインパクト絶大。後の曲にもオクターブを活用したアレンジが多々あるけどどれも好きで、功績の割にあまり語られることはない気がするけど正隆さんのアレンジはどれも面白いと思う。

このアルバムで唯一といってもいいほど露骨に歌謡曲っぽいメロディを持った曲だけど、それでもティン・パン・アレーの演奏もあって歌謡曲臭を感じさせないあたりは見事。

旅立つ秋

ユーミンが有名になったのは林美雄さんというラジオのパーソナリティが「この人は天才です!」と絶賛してユーミンの曲をかけまくったことがきっかけの1つとされているが、そのラジオ番組が終了する際に餞として贈られた曲。前作の「雨の街を」に続いて物悲しい曲ではあるが、ほとんどアコギ1本なのに独特の温度の低さも相まってフォーク臭を感じさせないのは流石としか言いようがない。あまり知名度は高くないけど知る人ぞ知る大名曲。