COBALT HOUR / 荒井由実

前2作と制作陣そのものは変わっていないが、ここで一気にアレンジが豪華になり、それに合わせてかメロディもポップなのが増え、歌詞世界もフィクション中心のものにガラッと変化した。特にアレンジに関してはクレジットに正隆さん単独の編曲表記が入ったように正隆さんの影響が強まったものと思われるが、基本的にはティン・パン・アレーによる体温低いバンドサウンドが中心なので、前2作からの流れで聴いてもそこまで違和感はない。

そして何といっても前作に引き続いて名曲揃い。とはいえ前作はまだメロディやサウンドに内省的な部分が多々あった(もちろんそれは良さでもある)。今作に関しては全体的にポップさが増しており、これまで一部の音楽ファンのためだったものが大衆を意識したものに変化したように感じられる。実際にこの後、「「いちご白書」をもう一度」の提供や自身の名義でも「あの日にかえりたい」「翳りゆく部屋」がヒットした。

これまでの魅力も引き継ぎつつ、これから大衆音楽の世界に突入していくユーミンの境目がここらへんなのかも。個人的にもユーミン全アルバムの中で上位に来る1枚。

おすすめ曲

COBALT HOUR

タイトル曲。この1曲だけで前2作と明らかにテイストが異なるポップなアルバムであることが分かるが、この曲が凄いのはそのコード進行と演奏。「きっと言える」同様に2小節ごとに転調するという複雑な構成なのだが、それに16ビートの忙しない演奏が絡み合い全く違和感なく溶け込んでいる。「きっと言える」は凄いと思いつつもやや実験的な匂いが漂っていたが、この曲に関しては技術面のあれこれを抜きにしてもポップで良い曲だと思う。こんな凄い曲なのに本人バンド含め全員の演奏は淡々としててテンションが高くないという点でも唯一無二の価値がある。

歌詞は高速道路を走る恋人同士、という後の「中央フリーウェイ」と似たようなシチュエーションで、「湘南」「横須賀」という具体的な地名が出てくるあたりも含めて後のリゾートミュージック路線の原型と言えるかも。総じて、これまでのユーミンとこれからのユーミンの全てが詰まっており、個人的にも最上位を争うくらい好きな曲。

卒業写真

卒業ソングとしてあまりに有名なので特におすすめも何もないが、実は卒業を歌っている曲ではなく卒業した後のことを歌っている曲で、卒業後に見かけた「あなた」が卒業写真の面影そのままだった、という内容。このような時の移り変わりと変わりゆくもの・変わらないものをテーマにした曲は度々登場するが、少ない文字数でスパッと表現できてしまうのは流石としか言いようがない。

ちなみにこの曲はテーマに合わせてあえて幼稚な感じで歌っているものと思われるが、ユーミン自身があまり表現に幅のあるボーカリストではないのでただ下手なだけになってて笑ってしまう。この曲に限らずだけどやっぱり作詞・作曲家としては天才ではあるけど、ボーカルに関してはお世辞にも上手いとは言えないなと……(笑)。

花紀行

後に出る春の2大名曲「経る時」「春よ、来い」の原型のような曲で、春の切なさが見事に表現されている。「海を見ていた午後」のようにほぼキーボードオンリーのシンプルな構成なのだが、メロディがとても綺麗なので変に味付けするよりはこれが正解に思える。そして相変わらず情景がハッキリと浮かぶような場面の切り取り方は流石。桜の色を「薄紅」と表現しているのは「経る時」にもあるが、このような独特の色彩表現は後々まで出てきてハッとさせられる。美大出身のユーミンだからこそできる表現。

ルージュの伝言

後にジブリ映画に起用されたことで知名度を上げた超有名曲なので(自分もそれで知ったけど)特におすすめも何もないのだが、やはり前2作と比較すると歌詞が明確にフィクションに向かっていることを感じる曲。それでもバスルームや列車の表現等、細かな情景描写は流石。

なお、この曲の演奏メンバーは当時のツアーバンドのメンバーで、ティン・パン・アレーではないらしい。全体の雰囲気は他と大差ないので言われないと分からないが、言われてみると明確にドラム周りのグルーブが固い。ティン・パン・アレーとの技術力の差を感じる楽曲でもある。ちなみに正隆さんが「その後達郎さんがコーラスを作ってくれたことで良い曲になった」旨を語っていたが、確かにこの曲の音源としての魅力はこのコーラスが持っていってしまっている部分が大きいかも。

少しだけ片想い

メロディや演奏ももちろんいいんだけど「ルージュの伝言」同様にシュガー・ベイブによるコーラスが全部持っていってしまっている曲。ここまで曲の魅力を持っていってしまうと誰の曲を聴いているのか分からなくなってしまうけど、聴いている分には単純に気持ち良い。

アフリカへ行きたい

やや珍妙に思えるタイトルのせいか荒井時代信仰の強い人の間でもあまり評判が良くない印象があるが、「COBALT HOUR」同様にドキャッチーなメロと演奏がお腹いっぱい楽しめる曲で個人的には荒井時代でもかなり好き。最後が飛行機のSEで終わり、そのSEが「COBALT HOUR」に繋がるというコンセプトアルバムのような作りも好印象。