to LOVE / 西野カナ

前作で当たった着うた泣き歌路線一直線という感じでシングルは全体的に着うた仕様となっている。GIORGIO 13さんの楽曲をメインにシンプルなオケに綺麗なメロディに分かりやすい歌詞という徹底的に当時のヒットを狙い、シングルはどれも着うた中心に大ヒット、アルバムの大ヒットにも繋がった。他にも着うたでヒットした人はたくさんいたけど、西野カナさんほど分かりやすく歌唱力もあり、シンプルにかわいい人もなかなかにいなかったのでそこが人単位でのヒットに繋がった要因かなと。外野からはやたらと「どんだけ会いたいの?」とか言われてた記憶もあるけど、そういう分かりやすいイメージを植え付けたのも結果として認知の向上に繋がったように思う(別に語彙が不足しているわけじゃなくて単に携帯は画面越しでしかやり取りできないから実際に会いたい、という意味だったと思う)。

対してアルバム曲は前作に引き続きの洋楽テイストの曲やロックテイストの曲、ベタなバラードなど幅があり、このあたりはシングル曲で着うた仕様の曲はある程度やり尽くしたのでバランスを取ったかのような雰囲気になっている。結果としてシングル以外全然印象に残らないみたいな弊害はあるが、シングルヒット曲を聴くアルバムとして楽しむのが正解だと思う。

おすすめ曲

Best Friend

既発シングルでのヒット曲で、シンプルながらも綺麗なサビメロが印象的……なんだがいざフルで聴いてみるとAメロもBメロもサビもCメロも全部同じコードと似たようなメロディで構成されていてびっくり。着うた仕様でオケを厚く出来ないんだからメロを差別化しないといけないのでは……と最初は思ってしまった。でもこれ多分意図的で、当時着うたはAメロとかBメロとか切り売りしていたので断片だけ取ってもどの曲か分かるようにしていたんじゃないかと推測している。更にCメロも加えることで切り売りすることのできる量を増やしているのかもしれない。そう考えるとよくできたヒット曲だと思う。

もっと...

こちらも既発シングルのヒット曲。シングルでは最も古い曲というのもあるが、まだコテコテの着うた仕様になるちょっと前であったために今聴いてもそこまで違和感のないバランスで綱渡り的に纏まっており、アルバム内でも最も好きな曲。コードは全編同じなんだけどメロディが大分差別化されているので1曲フルできっちり聴ける曲になっている。冒頭がサビなのかと思ったらその後ベタながらも美メロが繰り出されるサビメロが特に好き。

会いたくて 会いたくて

「会いたい」イメージを世間に植え付けた代表曲の1つ。ベタではあるがなかなかに難易度が高い、一気に上昇していくメロディに「会いたくて会いたくて震える」という歌詞を当てたのがあまりに衝撃すぎる。さらっと歌っているがそれなりに歌唱力がないとマトモに歌えないメロディがずっと続くのでこれ普通に歌えるのは凄い。

この曲も全然変化しないコードに全編似たようなメロディではあるが、この曲の場合は先述の通り歌唱力でカバーできるメロディをサビに持ってきてそれをきっちり歌うという芸当を成し遂げており、ずっと平坦な印象にはなっていない。これは真似しようと思っても難しいんじゃないだろうか。これもよくできたヒット曲だと思う。

LOVE one. / 西野カナ

非シンガーソングライターかつブレイク前の1stアルバムにありがちなとっ散らかったアルバムで、着うた仕様な泣き歌以外にもソニーらしいバンドサウンド風ポップスやPerfumeの影響下と思われる打ち込みテイストな楽曲が雑多に入り混じっている。ソニーの売れる前の人に典型的なパターンで、色々と試行錯誤をしながら売れるための音楽を模索していたように感じる。ただ、結果的に当たったのが着うた仕様な泣き歌である一方、楽曲として面白いのは「doll」「candy」のような箸休め的に置いたと思われる楽曲だったりして、こういうあたりに売りたい方向性と本人の方向性の違いを感じたりして微妙な気分になったりも……。やはり西野カナさんの本領は着うた路線を推し進める次回作以降で今作はまだ助走段階という感じ。

おすすめ曲

candy

おそらく本人の志向と思われる打ち込み洋楽テイストな楽曲で実際に本人も作曲に関わっているらしい。作曲しているイメージが全くないので実際どこまで関わっているのか分からないが、少なくともこの時点ではそれなりに本人が関わることができている楽曲なのは確かなのかも。そして何故か数あるシングル曲やリード曲より明らかにこっちの方が圧倒的に出来が良い。いくらプロデューサーとか作曲家etc..ががんばっても最後は本人の志向が大事なんだなぁということを強く感じる。箸休めではあるけどアルバムの中で一番好きな曲。

君に会いたくなるから

数々の試行錯誤の末最初にスマッシュヒットを飛ばしたシングル曲で、明確に着うた層にリーチすることでブレイクの糸口を掴んだ。完全にターゲットに向けた曲ではあるが、良メロを惜しげもなくつぎ込んだサビメロがなかなかに強烈。5度を多用したメロディがいきなりインパクトでこれきちんと歌えるのも凄いし、サビ終わりの「君に会いたくなるから」の落とし方もお見事。

ちなみにこの曲も本人が作曲に関わっているらしい。全くクレジットを見ずに好きだなぁと思った2曲がピタリ本人が作曲に関わっている曲ということで結構びっくりしたけど、どこまで本人が関わっているのかは分からないにしても少なくとも本人の意向がそれなりに入っているのは確かなようで、やっぱり音楽って目先のクオリティやテクニックよりもパッションの方が大事じゃないかなぁって改めて思った。

BADモード / 宇多田ヒカル

前作のときに「これ以上深化したらそろそろついていけないかも……」って思ったら本当にその通りのアルバムが来てしまった。前作にも増してシンプルな打ち込み中心のオケで構成されており、淡々としている。盛り上がる曲はSkrillexと組んだ「Face My Fears」くらいだが、これもFuture Bassのエッセンスがあるからってだけで全体的には落ち着いている。とんでもないことになってしまったな……という気持ちではあるが、逆に言うと今の商業音楽でここまで舵を切ることができる人は他にそういないわけで、そういう意味では生まれてきた価値は確実にあったであろうアルバム。

その他特筆すべき点としては、前作の「誓い」で見せていた複雑な譜割りに更に磨きがかかり、ボーカルとオケがぴったり合っていない点が目立つ(昔からそういう側面はあったが……)。「PINK BLOOD」はどこに歌メロを置いてるのかよくわからないし、「誰にも言わない」の16ビートに3連符の歌を常に乗せ続けるところとか、「Face My Fears」では逆に16ビートの歌メロに3連符のピアノフレーズを同時に鳴らしてしまったりとか、そういうところがいちいち引っかかりポイントとなってなんとなく残ってしまう。「Fantôme」から続いているように思う「シンプルな中にどこまで耳を惹きつけるか」という命題もついにここまできたかという感触はある。ただ……もう本当にこれ以上は……って感じで一体どこまで行ってしまうんだろうか。今はただバッドエンドにならないことを願いたい。

おすすめ曲

あまりに書くことが思い当たらなくて上にほぼ書いてしまった。

誰にも言わない

「一人で生きるより 永久に傷つきたい」の飛び飛びで下降していく3連符の歌メロがあまりない感じでびっくりするが(仮に思いついてもまともに歌える人ほぼいないので)、更にそれが16ビートで展開し続ける。これ思いついてもよく実行する&歌えるな……。

Face My Fears

Skrillexとタッグを組んだ曲で、元々「誓い」のリミックスを依頼しようとしたが4/4拍子じゃないので断られて新曲を作ったとのこと。そりゃあんな変態拍子のリミックス作れるわけない。そんなわけでガチなFuture Bassパートがあるので必然的に印象には残るが、それ以外の部分も全体的には16ビートの譜割りなのに何故かピアノだけ3連符で奏でられるのが謎すぎる。でも面白いからいいや。

初恋 / 宇多田ヒカル

ひたすらシンプルを追求した前作が再デビューアルバムだとしたら今作は2度目の2枚目のアルバムという言葉がぴったりなアルバムで、歌詞もメロディーもアレンジも前作より洗練されたように思える。前作はシンプルな中に魅力を見つけていったという雰囲気ではあるが、今作はもう聴いていると自然と言葉やメロディーがスッと入ってきて離れないといった雰囲気。なので前作が好きであった人は自然とこっちもハマれると思う(逆に前作のリード曲以外に良さを見いだせなかった人は相当キツい気がするが……)。

そしてもう楽曲がJ-POPどころかポップスのそれから逸脱している。前作はあれでもリード曲はポップスにわりと寄せていたように思えるが、今作はリード曲なのに全編ドラムがない表題曲とか、全編変態拍子が炸裂する「誓い」とか、モロにTrapな「Too Proud featuring Jevon」とか、もはやポップスという枠で語ることは不可能。その他の曲もポップスでそれはやらないだろうという楽曲ばかりで、なかなかに敷居の高い作品に思える。個人的にもここらへんまでであればまだ聴けるし好きな曲もあるが、これ以上深化するとついていけない気がする。ただ日本の商業音楽の界隈でここまでできる人は宇多田ヒカルさんしかいないと思うのでこれからもどんどん突き詰めていってほしいと思う。

おすすめ曲

Play A Love Song

メジャー調のピアノ主体の4つ打ちポップスというアルバム1曲目らしい曲で、他の曲があまりにマニアックなこともあるがアルバム内では一番分かりやすい曲だと思う。

全体的に悲しみから解き放たれたかのような開放的な歌詞が印象的ではあるが、特に「友達の心配や生い立ちのトラウマは まだ続く僕たちの歴史のほんの注釈」は宇多田ヒカルさん全曲でもトップレベルに好きな歌詞。これ常人だと「ほんの1ページ」って書きそう。字数的にもハマるし。

誓い

一部で相当話題になっていたので今回ちゃんと聴く前から知っていた唯一の曲。というのも聴けば分かるが冒頭からあまりに謎リズムのピアノやドラムが鳴っているせいで全くリズムが取れない。よくよく聴けば単なる6/8拍子であることは分かるんだけどその8分に音が置かれていない部分がある(ハネている)ので全然リズムが取れないというオチ。更に途中から歌メロだけ8連符(?)で入るのでメチャクチャ混乱する(6/8拍子なので8分や16分というよりは8連符という表現が適切かと思う)。ていうか3連/6連の曲に8連の歌メロ置いてる曲聴いたことないのでものすごい衝撃。逆はよくあるけど。

というか、何故これが演奏できるのか、歌えるのか、全く分からない。個人的には曲についていくのでいっぱいいっぱいで良さを感じられるレベルには達してないけど、とにかく凄いことは分かる。

夕凪

同じく海や船が出てくることもありかつての「海路」あたりを彷彿とさせるようなスローテンポのゆったりとした曲で、「海路」が順当に深化したらこうなったみたいな雰囲気。サビなのか何なのか分からない部分でやたらと抑揚のないメロディに「すべてが例外なく必ず必ずいつかは終わります」ってフレーズが出てくるように全体的に生気を感じない。こういう曲がポップスの界隈で出てきてしまうのはかなり衝撃的。

嫉妬されるべき人生

こちらも殆ど抑揚のないトラックに人生を歌う歌詞が全く生気を感じないという衝撃の楽曲。生気を感じないどころか一度死んだことないと描けないのではないかという世界観で、生も死も俯瞰しているかのような観点で紡がれる言葉の1つ1つに驚かされる。「70~80歳くらいの、いつか来る死別の瞬間さえもいとおしく思い描いているカップル」をイメージしているとのことではあるが、そうするともしかすると70代くらいにならないと真意は掴めないかもしれない。

いきなりピアノの単音になったところで「人の期待に応えるだけの生き方はもうやめる」とあるところは宇多田ヒカルさんの本質が出ていてこのフレーズは好き。この人はいつまで経っても自分のために曲を作って歌い続けるんだろうなと思う。

Fantôme / 宇多田ヒカル

活動休止からの再開を経て8年ぶり(Utada名義含めても7年ぶり)となったアルバムで、これまでの打ち込み一辺倒の作風から一転して全曲で生音が使用されている。生音を使用しているといっても盛り盛りのアレンジのものは皆無で、先行で出た曲以外は音数が2-3程度しかないものも多々ある。コントラバスしか鳴ってない部分が目立つ「俺の彼女」やほぼ全編ハープの「人魚」、平メロでドラムしか鳴ってない「荒野の狼」等、とにかくシンプルを追求したという出来。そのため、シンプルにメロディ・歌詞・うたそのものを堪能することができるような作りになっている。

楽曲の構成も巷のJ-POPとは一線を画しており、A→B→サビみたいに展開するJ-POPが大多数を占める世の中であまりBメロらしいBメロがない曲やサビらしいサビがない曲も多い。デビュー時からJ-POP離れしている部分があったとはいえ前作までは綱渡り的なところでJ-POP的な部分に収まっていたように思えるが、活動休止を経てもうJ-POPかどうか、売れるかどうか関係なしにその時純粋に伝えたいことを伝えているような感じ。それなりに売れている人でそういうことができる人は宇多田ヒカルさんくらいしかいないと思うのでこれから更に面白いことになるのではないかと期待が膨らむ。再デビューという言葉が相応しいアルバム。

個人的にこのアルバムは出た当時買って聴いたものの、リード曲(というか「花束を君に」だけ)でもう元取った気分で他の曲はほとんど記憶していなかった。今回改めて聴いたけど明らかにじっくり聴き込まないなかなかに良さが見えてこないアルバムで、ストリーミング等でBGM的に聴いても魅力が伝わらないのではないかと思う。ながら聞きが当たり前になった現代でここまでBGMにならないアルバムを作ってしまったことがまず凄いと思った。

おすすめ曲

全曲好きなんだけど正直リード曲以外はあまりにシンプルすぎておすすめするには……という感じでこうなってしまった(「荒野の狼」は結構な名曲だと思うけど)。

花束を君に

先行で出たこともありアルバム内で最も分かりやすいというか相当に強烈な曲で、明確に藤圭子さんの死を歌っている。こういう親しい人物の死を歌う曲はポップスの世界に結構あるがどれも劇薬的なところに収まりつつもなかなか楽曲として良し悪しを語ることは難しいが、宇多田ヒカルさんの場合これまでも素直に自分の想いを歌ってきたこともあり、この曲も母親への想いが素直に伝わり、とてつもないパワーを感じる。

今作どれもシンプルに「うた」そのものの魅力が伝わる曲が多いが、この曲の場合「うた」にも冒頭できちんとフォーカスを当てつつも(無音地帯で吐息だけ聴こえるところとか鳥肌)、シンプルなバンドサウンドおよびストリングスが曲を彩っており、宇多田ヒカルさん本人の魅力と楽曲本体の魅力が最も鮮やかに融合した曲ではないかと思う。天才が本気出すとこんな凄いことになることを体現した曲で、ベタではあるが宇多田ヒカルさんで一番好きな曲。

真夏の通り雨

後半に向けて音数は増えていくが表拍でコードを弾いているピアノがほぼ全編占めているバラードで本来こういう曲は退屈さと紙一重になってしまうことが多いが、独特のちりめんビブラートや吐息までそのまま残しているため引っかかるポイントが多く最後まで飽きない。これは宇多田ヒカルさんでなければ表現することができない世界で、このボーカルからあるからこそ成り立っている曲のように思える。

ドラムがキックの一定のリズムを刻む音しか存在しないのも斬新だけどこれ打ち込みじゃなくて人が演奏しているという……。こだわりが凄すぎる……。

桜流し

こちらも後半に向けて音数は増えるピアノ主体のバラードではあるが、演歌かと言わんばかりの意味不明な譜割りと諸行無常を歌った歌詞が強烈でアルバム内でもかなり好きな曲。特に「開いたばかりの花が散るのを見ていた木立の遣る瀬無きかな」は名フレーズ。歌詞の内容から明確に藤圭子さんを歌った曲なのかと錯覚しそうになるけどこの曲亡くなる前に作られた曲なんだよな……なんか不思議。

発表時期がかなりズレていることもあり全体的にメチャクチャシンプルなアルバムの作風からは少々浮いており、後半に向けて少々歌がオケに埋もれているように思える。活動休止を経てどんどん自身の「うた」をさらけ出す方向にシフトしていったことが改めて分かる曲だなと思った。

This Is The One / Utada

全米2ndアルバム。全体的にシンプルなオケにピアノ主体の綺麗なメロディが多くを占めており、やたらと分かりにくい印象のあった全米1stに比べると異様な程に聴きやすくなっている。さすがに直近で日本で出たアルバムよりはややクールというか全体的にリズムやシンセの音色選択周りが欧米仕様という感じはするが、逆に言うとそのくらいで「ULTRA BLUE」「HEART STATION」の次に聴いてもさほど違和感はない。歌詞についても一部やたらとセクシーな歌詞があるのは「EXODUS」にも共通する部分ではあるが、比較的分かりやすい歌詞が多く、日本のポップスターという触れ込みでデビューするのであればこちらの方が適切だったのではないかと思う。本編が10曲という、宇多田ヒカル名義含めても最小の曲数で聴きやすいところも好印象。

宇多田ヒカル名義がそうであったようにここからもう少し軸足を定めて進めていけるのではないかという期待もあるだけに、音楽活動自体がここで止まってしまって全米でのアクションもこれ以降ないのは少々残念。思えば何でこのタイミングで出たんだというのもあるけど、この時点で既に音楽活動をやめる予定で動いていて契約消化のつもりで出したのかも。活動休止のタイミングで非公認のベストアルバム出てたけど。

おすすめ曲

Taking My Money Back

付き合っていた男が金返さないわ浮気するわで当時の時間と金を返してほしいという歌詞が衝撃の楽曲。パッと聴く限りではシンプルなオケと比較的ポップ&キャッチーなメロが良い曲だなくらいにしか思っていなかったが歌詞を見て笑ってしまった。こういうセクシーかつかなり下衆い感じの歌詞は前作の「Easy Breezy」にもあったけどUSだとそういう文学作品も結構多くあるんだろうか?

Come Back To Me

今作のリード曲。繰り返しを多用したやたらと分かりやすいメロディとこれまたタイトルを繰り返すやたらと分かりやすい歌詞で普遍的なポップスを目指そうとしたことがよく分かる。アルバム内では最も好印象というか、リード曲っぽい感じ。

Me Muero

シンプルな曲が多い中では少々ジャジーというかラテン調というか、そんな雰囲気漂う曲。曲名の意味を知らずになんとなく聞き流していたが、曲名および歌詞を調べてみたらどうやら自殺したいメンヘラの女の子がテーマの曲で、こういう曲が最後に来るのは少々びっくりした。このアルバムの中だと唯一といってもいいほど前作に入ってても違和感ない曲かも。

HEART STATION / 宇多田ヒカル

前作に引き続き本人が全面的に担当したシンプルな打ち込みが大半を占めるアルバムではあるが、重たい空気に支配されていた前作に対して驚くほどに軽やかな雰囲気になっており、1曲目のタイトル「Fight The Blues」に顕著に現れている。前作以降、離婚を経て吹っ切れたようで、ここ数作あったトピックがないというか、トピックがないことがトピックかのような感じ。ここ数作あったような不思議な雰囲気も捨てがたいものがあるが、人間そんなずっと喜んだり悲しんだりというのはないわけで、言ってしまえば「普通の宇多田ヒカル」が楽しめるアルバムとなっている。

アルバムとしての流れもかなり秀逸で、ほとんどシングル曲で埋められてしまっているにもかかわらず並べて聴いたときに全く違和感がない。「Fight The Blues」と「HEART STATION」が同じ調性であったり、「テイク 5」の最後を突然ぶった切って「ぼくはくま」に流れたり、既存のシングル曲を違和感なく繋げることにこだわったようで、そのあたりの努力がアルバムとしての違和感のなさに現れていると思う。それ以外の曲も当時流行りのラップミュージックを取り入れた「Celebrate」、2音しか存在しないメロを8小節繰り返すだけの「虹色バス」等、トピックのある曲が多く、最後まで聴いてて飽きずに楽しめる。それでいて「Flavor Of Life」「Beautiful World」「Prisoner Of Love」といったヒット曲も収録されているため、ライトに聴きたい層も、アルバムとしてコアに楽しみたい層も最大公約数に聴けるアルバムになっている。個人的には宇多田ヒカルさんの全アルバムの中で一番好きなアルバム。

おすすめ曲

Beautiful World

エヴァのタイアップになった曲で、最初タイアップが決まったときはファンが皆して苦言を呈していたような記憶があるが、いざ曲が上がってきたらみんな称賛していたという掌返しが印象的(笑)。個人的にはエヴァ全く分からないのでこの曲がどの程度寄り添ったものになっているかは知る由もないが、クワイヤを使った幻想的なイントロで全てを持っていってしまう名曲だと思う。全体的には雰囲気重視の曲になっており歌詞は宇多田ヒカルさんにしては当たり障りないというかどうとでも捉えられる内容になっているようではあるが、それが曲本来の良さを最大限に引き出しているように思える。

Flavor Of Life -Ballad Version-

ドラマタイアップで大ヒットを記録した有名曲の1つ(時代もありCD売上は70万程度ではあるが肌感覚的にはミリオン余裕で行ってたと思う)。元々ほぼ本人の打ち込みで作った原曲があったがドラマサイドからの要請でバラードバージョンを制作した結果がこれで、こちらのオケにはほぼ参加していない模様。

とにかくメロディ歌詞アレンジどこをとっても極限までベタを追求したという出来で(メロ歌詞は本人独特の味が一部あるにはあるが)、前年まであんなに凝って全然売れなくてこんなベタな曲でバカ売れしちゃったら正直嫌になっちゃうよな、というレベル。このあたりの窮屈さが活動休止に繋がったように思えるが、そういった経緯はさておき曲として聴けば純粋に良い曲というか、THE・ヒット曲といった印象でこれはこれで好き。

Stay Gold

ここ最近はかなりシンプルなオケになっていたがそれでも活動休止前でここまでシンプルな曲はないのではないかというくらいシンプルな曲で、簡素な打ち込みドラム以外はピアノと僅かに入るシンセ音しかなく、何とベースが存在しない。曲を作るときにベースに悩むことが多いためベースがない曲を作ろうとしたとのことで、確かに宇多田ヒカルさんのように曲本来の持ち味と歌唱だけで持っていける人であればベースはなくてもいいということを証明している。肝心の低音部分に関してもピアノの低音でしっかり補われており、純粋に曲として聴いてもさほど違和感ないあたりも流石。

確かシャンプーのCM曲だったと思うけど、確かにこの艶やかな印象はシャンプーのCM曲のイメージという他なく、他のシングル曲もそうだけどこのあたりのタイアップ職人っぷりは凄い。

Prisoner Of Love

元々アルバム曲であったがドラマタイアップに使用されシングルカットされた曲で、他のアルバム曲に比べて一段どころか三段くらい違う、あからさまにシングル向きの曲なので最初からタイアップの話があったものと思われる。そう思えるくらいには「Flavor Of Life」程ではないがベタな曲で、近年ほぼなかったR&B調のオケに哀愁漂うメロという初期に最も近い作風になっている。「ULTRA BLUE」のあたりはあんなに実験的な曲作ってたのに、作ろうと思えばヒット曲なんて作れるんですよと言わんばかりのベタさに戦慄ではあるが、曲としてはこれも純粋にいい曲だし、好きな曲の1つ。