初恋 / 宇多田ヒカル

ひたすらシンプルを追求した前作が再デビューアルバムだとしたら今作は2度目の2枚目のアルバムという言葉がぴったりなアルバムで、歌詞もメロディーもアレンジも前作より洗練されたように思える。前作はシンプルな中に魅力を見つけていったという雰囲気ではあるが、今作はもう聴いていると自然と言葉やメロディーがスッと入ってきて離れないといった雰囲気。なので前作が好きであった人は自然とこっちもハマれると思う(逆に前作のリード曲以外に良さを見いだせなかった人は相当キツい気がするが……)。

そしてもう楽曲がJ-POPどころかポップスのそれから逸脱している。前作はあれでもリード曲はポップスにわりと寄せていたように思えるが、今作はリード曲なのに全編ドラムがない表題曲とか、全編変態拍子が炸裂する「誓い」とか、モロにTrapな「Too Proud featuring Jevon」とか、もはやポップスという枠で語ることは不可能。その他の曲もポップスでそれはやらないだろうという楽曲ばかりで、なかなかに敷居の高い作品に思える。個人的にもここらへんまでであればまだ聴けるし好きな曲もあるが、これ以上深化するとついていけない気がする。ただ日本の商業音楽の界隈でここまでできる人は宇多田ヒカルさんしかいないと思うのでこれからもどんどん突き詰めていってほしいと思う。

おすすめ曲

Play A Love Song

メジャー調のピアノ主体の4つ打ちポップスというアルバム1曲目らしい曲で、他の曲があまりにマニアックなこともあるがアルバム内では一番分かりやすい曲だと思う。

全体的に悲しみから解き放たれたかのような開放的な歌詞が印象的ではあるが、特に「友達の心配や生い立ちのトラウマは まだ続く僕たちの歴史のほんの注釈」は宇多田ヒカルさん全曲でもトップレベルに好きな歌詞。これ常人だと「ほんの1ページ」って書きそう。字数的にもハマるし。

誓い

一部で相当話題になっていたので今回ちゃんと聴く前から知っていた唯一の曲。というのも聴けば分かるが冒頭からあまりに謎リズムのピアノやドラムが鳴っているせいで全くリズムが取れない。よくよく聴けば単なる6/8拍子であることは分かるんだけどその8分に音が置かれていない部分がある(ハネている)ので全然リズムが取れないというオチ。更に途中から歌メロだけ8連符(?)で入るのでメチャクチャ混乱する(6/8拍子なので8分や16分というよりは8連符という表現が適切かと思う)。ていうか3連/6連の曲に8連の歌メロ置いてる曲聴いたことないのでものすごい衝撃。逆はよくあるけど。

というか、何故これが演奏できるのか、歌えるのか、全く分からない。個人的には曲についていくのでいっぱいいっぱいで良さを感じられるレベルには達してないけど、とにかく凄いことは分かる。

夕凪

同じく海や船が出てくることもありかつての「海路」あたりを彷彿とさせるようなスローテンポのゆったりとした曲で、「海路」が順当に深化したらこうなったみたいな雰囲気。サビなのか何なのか分からない部分でやたらと抑揚のないメロディに「すべてが例外なく必ず必ずいつかは終わります」ってフレーズが出てくるように全体的に生気を感じない。こういう曲がポップスの界隈で出てきてしまうのはかなり衝撃的。

嫉妬されるべき人生

こちらも殆ど抑揚のないトラックに人生を歌う歌詞が全く生気を感じないという衝撃の楽曲。生気を感じないどころか一度死んだことないと描けないのではないかという世界観で、生も死も俯瞰しているかのような観点で紡がれる言葉の1つ1つに驚かされる。「70~80歳くらいの、いつか来る死別の瞬間さえもいとおしく思い描いているカップル」をイメージしているとのことではあるが、そうするともしかすると70代くらいにならないと真意は掴めないかもしれない。

いきなりピアノの単音になったところで「人の期待に応えるだけの生き方はもうやめる」とあるところは宇多田ヒカルさんの本質が出ていてこのフレーズは好き。この人はいつまで経っても自分のために曲を作って歌い続けるんだろうなと思う。