紅雀 / 松任谷由実

改姓後初のアルバム。前2作で推し進めていたポップ路線をばっさりと捨て去って、特に前半にラテン風や南米風のワールドミュージックの匂いが漂う曲が多め。しかしワールドミュージックといっても派手なものはほぼなく、全曲ミディアム~バラード系の淡々とした曲しかない。本人が「最も地味なアルバム」、正隆さんも「荒井時代から変えたいという思いが強すぎて少し背伸びしてしまったのかもしれない」と述べていたとのことで、確かに荒井時代のようなパッと聴いて引き込まれる魅力は皆無のように思える。ただその分、歌詞も含めてじっくりと聴き入ることで味わい深くなる曲が多く、当時はあまり評価されなかったようではあるが、意外とこのアルバムが好きという人もいるらしい。更にアルバムとしての統一感としてはユーミン全アルバムでも随一のものがあると思う。

個人的にも最初聴いたときは冒頭2曲以外は全く印象に残らず理解するのに相当時間がかかった。1週間くらいじっくり聴いたところでようやく全曲それなりに印象を残すことができて、特にワールドミュージック色の抜ける7曲目以降は味わい深い佳曲揃いという印象に変わっていった。とはいえやはり全アルバム聴いた後でも最もシックで渋いアルバムだと思う。荒井時代の4作はサラッと聴いても魅力が伝わりやすいけど、本作はじっくり聴き入ることを推奨したい。

おすすめ曲

9月には帰らない

イントロのアコギと管弦楽器の絡み合いから荒井時代とは全く雰囲気が違うことを感じさせる。荒井時代とは明確にテイストが違うため聴き方を変えないといけないが慣れればこれはもう非常に味わい深い名曲。曲自体は淡々としており、そこに書かれる歌詞も具体的な感情表現は少ないが、その文字数の少なさと空白の多さが行間を読む部分として機能しており、噛めば噛むほど味が出てくる感じ。ユーミンの歌詞は緻密な情景描写が印象的なのが多く、情報が少なめな曲は珍しいが、こういうスタイルも面白いかも。

ハルジョオンヒメジョオン

同発シングル曲ということもありこのアルバムで恐らく一番パッと聴きで魅力が伝わると思われる曲(これもメチャクチャ地味だけど……)。フォルクローレ風の淡々としたサウンドに合わせて夕陽の景色が歌われるこれまた本当に味わい深い名曲。キーが全体的に低いのも曲の演出に一役買っており、特にAメロよりもキーが低くなるサビ(?)は衝撃。

曲自体はとても20代前半で生んでいたとは思えないくらいに渋いが、その分、長く歌える曲になっているように思われ、個人的には音源よりも後年のライブの方が好きかもしれない。

白い朝まで

3曲目以降はアルバム全体の好印象に反して単曲レベルで取り上げるのが難しいが、強いて挙げるとするとこれ。都会の公園で一人佇むという内容で、後半の「こんなに脆くなったのを今は誰にも話せない」は名フレーズ。