HEART STATION / 宇多田ヒカル

前作に引き続き本人が全面的に担当したシンプルな打ち込みが大半を占めるアルバムではあるが、重たい空気に支配されていた前作に対して驚くほどに軽やかな雰囲気になっており、1曲目のタイトル「Fight The Blues」に顕著に現れている。前作以降、離婚を経て吹っ切れたようで、ここ数作あったトピックがないというか、トピックがないことがトピックかのような感じ。ここ数作あったような不思議な雰囲気も捨てがたいものがあるが、人間そんなずっと喜んだり悲しんだりというのはないわけで、言ってしまえば「普通の宇多田ヒカル」が楽しめるアルバムとなっている。

アルバムとしての流れもかなり秀逸で、ほとんどシングル曲で埋められてしまっているにもかかわらず並べて聴いたときに全く違和感がない。「Fight The Blues」と「HEART STATION」が同じ調性であったり、「テイク 5」の最後を突然ぶった切って「ぼくはくま」に流れたり、既存のシングル曲を違和感なく繋げることにこだわったようで、そのあたりの努力がアルバムとしての違和感のなさに現れていると思う。それ以外の曲も当時流行りのラップミュージックを取り入れた「Celebrate」、2音しか存在しないメロを8小節繰り返すだけの「虹色バス」等、トピックのある曲が多く、最後まで聴いてて飽きずに楽しめる。それでいて「Flavor Of Life」「Beautiful World」「Prisoner Of Love」といったヒット曲も収録されているため、ライトに聴きたい層も、アルバムとしてコアに楽しみたい層も最大公約数に聴けるアルバムになっている。個人的には宇多田ヒカルさんの全アルバムの中で一番好きなアルバム。

おすすめ曲

Beautiful World

エヴァのタイアップになった曲で、最初タイアップが決まったときはファンが皆して苦言を呈していたような記憶があるが、いざ曲が上がってきたらみんな称賛していたという掌返しが印象的(笑)。個人的にはエヴァ全く分からないのでこの曲がどの程度寄り添ったものになっているかは知る由もないが、クワイヤを使った幻想的なイントロで全てを持っていってしまう名曲だと思う。全体的には雰囲気重視の曲になっており歌詞は宇多田ヒカルさんにしては当たり障りないというかどうとでも捉えられる内容になっているようではあるが、それが曲本来の良さを最大限に引き出しているように思える。

Flavor Of Life -Ballad Version-

ドラマタイアップで大ヒットを記録した有名曲の1つ(時代もありCD売上は70万程度ではあるが肌感覚的にはミリオン余裕で行ってたと思う)。元々ほぼ本人の打ち込みで作った原曲があったがドラマサイドからの要請でバラードバージョンを制作した結果がこれで、こちらのオケにはほぼ参加していない模様。

とにかくメロディ歌詞アレンジどこをとっても極限までベタを追求したという出来で(メロ歌詞は本人独特の味が一部あるにはあるが)、前年まであんなに凝って全然売れなくてこんなベタな曲でバカ売れしちゃったら正直嫌になっちゃうよな、というレベル。このあたりの窮屈さが活動休止に繋がったように思えるが、そういった経緯はさておき曲として聴けば純粋に良い曲というか、THE・ヒット曲といった印象でこれはこれで好き。

Stay Gold

ここ最近はかなりシンプルなオケになっていたがそれでも活動休止前でここまでシンプルな曲はないのではないかというくらいシンプルな曲で、簡素な打ち込みドラム以外はピアノと僅かに入るシンセ音しかなく、何とベースが存在しない。曲を作るときにベースに悩むことが多いためベースがない曲を作ろうとしたとのことで、確かに宇多田ヒカルさんのように曲本来の持ち味と歌唱だけで持っていける人であればベースはなくてもいいということを証明している。肝心の低音部分に関してもピアノの低音でしっかり補われており、純粋に曲として聴いてもさほど違和感ないあたりも流石。

確かシャンプーのCM曲だったと思うけど、確かにこの艶やかな印象はシャンプーのCM曲のイメージという他なく、他のシングル曲もそうだけどこのあたりのタイアップ職人っぷりは凄い。

Prisoner Of Love

元々アルバム曲であったがドラマタイアップに使用されシングルカットされた曲で、他のアルバム曲に比べて一段どころか三段くらい違う、あからさまにシングル向きの曲なので最初からタイアップの話があったものと思われる。そう思えるくらいには「Flavor Of Life」程ではないがベタな曲で、近年ほぼなかったR&B調のオケに哀愁漂うメロという初期に最も近い作風になっている。「ULTRA BLUE」のあたりはあんなに実験的な曲作ってたのに、作ろうと思えばヒット曲なんて作れるんですよと言わんばかりのベタさに戦慄ではあるが、曲としてはこれも純粋にいい曲だし、好きな曲の1つ。