深海の街 / 松任谷由実

2020年のコロナ禍を踏まえて制作されたアルバムで、100年前のスペインかぜを取り扱った「1920」や、ノートルダム大聖堂の火災を取り扱った「ノートルダム」、別離を描いた「離れる日が来るなんて」、それでも人は会いたい想いを全面に出す「雪の道しるべ」「NIKE」といった曲が冒頭にドドンと出てくるため全体的に重たい雰囲気が漂っている。前作も重かったがここまでの印象は「時のないホテル」以来かもしれない(「時のないホテル」の方が圧倒的に暗いけど)。

00年代半ば以降はいろんなものを捨てて身軽になった感じを受けており、それがアルバムトータルでは好きだけど強烈な曲はないという印象に繋がっていたが、今回のコロナ禍という条件下で製作されたという背景もあり、00年代以降では最もメッセージ性が強く出ており、その分印象的な曲も多い。こういう状況下でも芸術性とエンターテイメント性を両立させていくのは流石プロの仕事だと感じる。

ここ数作どうしても気になってしまう声については思ったより衰えが早く、ロングトーンがほぼ出なくなってきただけでなく普通に出しているだけでも苦しそうな部分が目立ってきた。正直この調子だとまともにアルバム出せるのはあと2枚くらいではないかと思ってしまうが、曲はデビューから50年近く経過していると思えないほど打率が高いので、今後もマイペースに活動を続けてほしいと思う。

おすすめ曲

1920

ユーミンの母親が存命で100歳を迎えたことをきっかけに100年前の出来事を調べたらスペインかぜ、オリンピック等、2020年との共通項があったことから制作された楽曲。今作の中でも明確にコロナ禍を意識した曲ではあるが、世のミュージシャンがただ滅入ったりステイホーム掲げたりとそれぞれのメッセージを伝えるがいまいちピンと来なかった中、過去にもこういうことがあったと提示する姿勢は個人的には一番しっくり来た。やはりユーミンは只者ではなかった。

前作から更に衰えた声は曲のテーマや音数少ないアレンジも相まって亡霊が語りかけるかのようなおぞましい雰囲気になっており、ここに来てまだ声を活かすような曲を作ってくるかと戦慄した。このお方はどこまで挑戦し続けるんだ。

雪の道しるべ

10年くらい続いているハウス食品「北海道シチュー」のCMソングで、今までのタイアップも全て安心安定のミディアムバラードでこの曲も同様。サビ頭の4小節のメロディを繰り返すのかと思いきや1小節置いて「あなたに今 会いにゆく」と続くところが行間を読む部分として機能しており、会いたい気持ちを伝えるアプローチとして秀逸。

What to do? waa woo

アルバム全体としては箸休め的な位置付けの曲ではあるが、ほとんど変化のないループ主体のオケで曲名をひたすら連呼する部分が「Man In the Moon」を彷彿とさせることもあり印象的な曲になった。なんでも正隆さんのオケ先行で製作されたとのことで「Man In the Moon」もオケ重視なので納得といったところ。どうしても昔のような伸びやかな声は出なくなってしまい歌詞が聞き取りづらくなってしまった部分があるので、あえて歌詞を意識させないような作りはアリなのかも。

散りてなお

手嶌葵さんへの提供曲で、なんでもオーダーが「春よ、来い」を超える曲だったとか。ユーミンどころか日本を代表する曲を超える曲とか正直頭おかしいんじゃないかと思ってしまうオーダーだけど、さすがに「春よ、来い」を超えたとまでは言い難いが少なくともオーダーにしっかり応えた名曲だと思う。和楽器をさほど使っているわけでなく全体的にはピアノの綺麗な旋律が全面に出ているのに何故か和を感じてしまうというのも「春よ、来い」同様。

ちなみに原曲は本人のさらさらとした歌唱を踏まえて「さらさらと」という歌詞を入れたようで完璧にマッチしており、今のユーミンの声だとどうしても曲の魅力が表現しきれていないのではないかという感想になってしまう。逆に言うと提供曲だからこそ自分が歌うことを前提としない、固定観念に捕われない曲作りができているとも取れるのでこれからもまだまだ名曲が出てくるのではないかという期待が膨らむ。

深海の街

「脳内リゾート」をテーマに作られた曲で、リゾートミュージック路線の走りとも言える「COBALT HOUR」や「中央フリーウェイ」の次の曲ですと言われても全く違和感のないオシャレなシティポップ。豪華な演奏と、こんなに豪華なのに必要以上にギラギラしていない余裕っぷりが荒井時代を彷彿とさせ、かなり好感触の楽曲になった。同じメロで長調短調を繰り返すサビも最高に気持ち良い。